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SYU's TraveLog.


登録08.03.16
6日目・ダイジェスト
朝8時に朝飯を取らずにNeak Loeungのホテルを出発する二人。

前日に調べたフェリーは、一人20,000リエル(500円)で自転車を載せられるということだった。

対岸が見えている距離をフェリーで渡るにしては結構な値段を取るものだと思った二人。

カンボジアの物価は日本の10分の1程度なので現地人の感覚では5000円くらいになってしまうのだが、窓口ではリエルしか受け付けてもらえないためホテルで10ドルほどリエルに両替する。

・・・が、これは二人の完全な勘違いであった。

実際の料金は200リエル程度だったのだ。

安い分には困らないのだが、実質5円である。



とりあえず幸先のよい二人ではあったのだが、お目当てのフェリーが目の前で満員になってしまい仕方なく次のフェリーを待つ。それほどのタイムロスではないのであまり気にはしない。

フェリーでメコン川を越えた二人はあとはひたすらプノンペンに向かって走る。

しかし、ここでひとつ問題が発生した。

今まであった一里塚がなくなってしまったのだ。

目安がなくなってしまった光君は、体力のコントロールが難しくなってきた。

唯一の救いは道が非常によく整備されていることだった。

たまに見かける橋には日本の国旗が。おそらく日本のODAで作られているのだろう。

「二人は二本のODAいい仕事してるなぁ」などと話をしながら前に進むのであったが・・・



突然道の舗装がなくなる。

正確には工事中である。

片側だけで車が往復するので、その走りにくさと危険度が跳ね上がる。

間近を走り抜ける車に神経をすり減らしながら、土の道に体力を奪われ続ける光君。

さらにこの辺りには冷たい水も置いていない。

国境線からこっちの道路が整備されていて、首都プノンペンに近づくほど道が整備されていないのは日本がODAの出し方を間違えているのではないかと疑いたくなる。おそらく田舎のほうが土地が余っているから整備がしやすいということなのだろうが。下手に栄えている都市は道路拡張工事だけでも一苦労であるから。

昼の11時に昼食を取るまでには、光君はかなり疲弊していた。

なんとかまともなレストラン(?)に滑り込むも、しばらく飯を食べる気力が起きない光君。

さらにメニューはカンボジア語で書かれていて何がなんだかわからない。

とりあえず水を一本、二本と消費し、息が落ち着いたところで昼食を注文する。

ご飯を食べて落ち着いた二人は何時ごろ出ようか相談するのだが、土屋先生はすることがなくてそわそわし始める。

時刻はちょうど正午、もっとも日が高くなり、現地の人間でも休みをとる時間に走り出すわけにもいかない。

仕方なくコンピューターを取り出して暇つぶしに写真のデータ整理をする土屋先生。

一応一時には出ようということでさらに一時間ほどの休み時間をとる二人、勤勉な日本人の性格があらわれているのかもしれないが、現地の人間から見てもこの時間に走るのは効率がよくないことがわかる。

おそらく、一里塚がなくなってしまったことで(光君に)焦りが出ていたのもあるのだろう。

レストランを出て一時間と少し走ったころだろうか、道路の右側に朽ち果てた一里塚があった。

現在道路を拡張工事中なので一時的にどかしてあるのかもしれないが、光君にとってはいい迷惑である。

さらに進んでいくと再び舗装されていない道路に出るのだが、おそらくこのとき光君は感じただろう。車輪が発明されても道路が整備されなければ意味がないことを。それはどんなにすばらしい道具であろうとも、それを使える環境がなければ無用の長物であるということである。また逆も然りである。

昨日と同じ60kmでも、道路の整備が悪ければ、その労力は数倍になる。

やっと未舗装の道路を抜けて前に進む光君の行く手に、今度は狭い道路が現れる。

本当に首都へと通じている道なのかと疑いたくなるこの道で、光君は『道を間違えたのではないか?』という不安に駆られる。

それを何度も口に出して言う光君に何度も『ではどうするんだ?』と問いかける土屋先生。しかし光君は何も言わずに再び走り出すだけだった。

本来は現地の人間に『プノンペンはどっちですか?』と聞けばよいだけなのにそれをしない光君。

だが、幸運にも彼はプノンペンまでたどり着くことができた。

それはもうあっけなく、周りに家が増えてきたと感じた次の瞬間にはプノンペン市のゲートをくぐっていたのだ。

ペース配分も何もなく、ただひたすら走り続けてきたために彼の疲労はかなりの域に達していた。

街の入り口でしばらく呼吸を整える光君。



しかし、彼にはまだ大きな課題が残っていたのだ。

そう、『ホテル探し』である。

彼は間抜けにもプノンペンのホテルをまったく調べてきていない。

「ゲストハウスというところで一泊5ドルで泊まれるんだ。安いねー」

と日本を出る前にのたまわっていた割には、一軒も宿を調べてきていない。

いい根性と言うか・・・愚かと言うか。

土屋先生は手助けをしないので、60km走り終わったその足でホテルを探して走り回らなければならない。

幸い、カンボジア語の会話集にプノンペンの大雑把な地図が載っていたので、それを見て考える。

たまたま地図に日本大使館の場所があったのに気付いた光君は、そこで安いホテルの場所を聞こうと考えたようだ。

道はまったくわからなかったが、運良く通り道で日本大使館を発見した光君は守衛さんに『安いホテルを探しているのだけど、大使館の中に入れてくれないか(職員に会えないか)』と言うと、守衛は彼に『今日は日曜日で休みです。』と答えた。

宿を探すために日本大使館に行く光君を見てその大胆さに驚く反面、あきれてもいる土屋先生。

結局守衛さんがゲストハウスのある地区を教えてくれた。

しかし、光君の見つけたゲストハウス2件。ことごとくあいていない(もしくは宿泊拒否)状態で、状況は芳しくなかった。

そして光君は好くなくとも3件のゲストハウスを見落としていた。

もう何がなんだかわからなくなってきた光君の前に現れたのが、日本料理店である「おはん」だ。

いきなりここでまだ開いていない店に入り込む光君。

さすがにはらはらする土屋先生を尻目に店主を連れて出てくる光君。

店主は日本語が得意なシンガポール人で、「ニューヨークホテル」というホテルの場所を教えてくれた。

光君は言われたとおりに通りを通ってホテルに向かう・・・が、しかしホテル自体は発見できない。

ニューヨークホテルの目の前を素通りする光君を見てあきれる土屋先生だが、その次の行動はさらに彼をあきれさせた。

近くにいた日本人観光客にホテルの場所を聞いているのだ。

何のための海外研修なのだかわからない。日本人に聞くだけなら小学生でもできるだろう。

それ以上に土屋先生をいらいらさせているのが、光君が『現地の人間にまったく道をたずねないこと』だ。

日本大使館に日本料理店、日本人観光客。ベトナムでは日本人学校だった。

彼のその行動に非常に気を悪くした土屋先生だが、光君は特にそのことに気付いていない。

そして結局のところカンボジアでおそらく一番有名なキャピトルというゲストハウスに宿泊先が決定する。クーラーと暖かいシャワーがついて二人で10ドル。

ゲストハウスを探すのに7〜8キロの距離を移動した光君は正にズタボロの布切れのようになっていた。

宿でシャワーも浴びずにぐったりとなる光君。

夜食をとりに出たのは夜7時ごろだ。

キャピトルの系列のレストランの横を通り過ぎる時、光君はベトナム行きのバスの手配ができる場所を発見する。

彼は一人50ドルだと思っていたが、実際にはエアコンバスで1人10ドル程度であった。

もしも本当に50ドルだったら、ホテルに泊まれなくなってしまう。

そうして飲食店を探していると、サカタさんなる日本人と出会う。

彼はメコン大学の教授で、日本語を教えているのだと言う。

彼につれられて「つぅちゃん食堂」なる激安日本料理店に入る土屋先生と光君。

彼は二人にカンボジア人の特性をあれこれ尾ひれ背びれ腹ビレつけて教えてくれた。

彼は普段、ゲストハウス・キャピトルの近くのレストラン(ツアーやバスの予約もできるところ)にいるらしいので、カンボジアのディープな部分を知りたかったら彼にアクセスしに行くとよい。

この日、土屋先生は無難に野菜炒め(日本料理っぽいものを食べたくなかった)を、光君はとんかつ定食をたのんだ。

それなりに満腹になった二人はホテルに戻り休息をとることにした。

が・・・夜中の11時、突然土屋先生がもそもそと起きだして、光君に声をかける。

腹が減って仕方がないらしいのだ。

LEXUSという名前のチョコレート菓子を光君からもらいぼりぼりとむさぼる。

しかしそれだけでは飽き足らず夜の街に食料を求めて一人で繰り出してしまうのだった。

もう完全に店じまいの屋台の前で「ニャンバーイ(飯)!!ニャンバーイ(飯)!!」と騒ぎながら何とか焼きそばを作らせる土屋先生。

1パック1ドルに負けさせ(適正価格)、二つ買ってホテルに帰る。

光君の食事の量がまた少し減ってきているので、体力を回復させる意味合いもあったのだろう。

もちろん自分が食べたいのが一番だったろうが・・・

夜中の11時半頃、遅い夜食を取って眠りに付く二人。

明日は休養を取り、ベトナムへ向かうバスを確保しなければならない。

それとともに、ここまで乗って来た自転車を売却しなければならない。

バスに自転車は持ち込めないのだ。

明日は明日で多忙である。




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