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SYU's TraveLog.
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登録07.10.08
2日目・Pontorson脱出
土屋先生の動きは素早かった。
自転車にまたがり街中を走る。
彼の動きに迷いは無い。

もちろんこの時点では土屋先生の頭にも移動のためのオプションは全く存在しないのだが、封印を解かれた彼の目はまるで野生の虎のような鋭さで、その瞳が世界のすべてが彼の支配下にあるとでも言いたげな自信に満ちていた。

そして・・・彼は見つけたのだ。

二人(?)の美女を

何の躊躇も無く彼女らに近づき親しげに話しかける土屋先生。

後ろで見守る光君が訝しげな顔になる。

数分間彼女たちと楽しげに会話をし、振り向いた土屋先生は・・・

「いいってさ、はいこれ。」

そういって光君にカメラを手渡す土屋先生。

「・・・?」

怪訝な顔でカメラを受け取る光君を前に土屋先生は二人のフランス美女にはさまれにっこり。肩に手をまわしているあたりがいやらしい。

「撮って。」

ぶっちん


光君の中で何かが切れる。

ついでにシャッターも切っているあたりが彼のかわいいところだ。

「ツッチー、少しはまじめにさぁ・・・」

「何をぐずぐずしている、もうすぐバスが出るぞ!!」

そういって光君に背を向けて自転車を漕ぎ出す土屋先生。

あっけにとられながらあとを追う光君。

『え・・・なに?さっきのはバスの乗り場を聞いてたの?』

土屋先生の背中を見ながら先ほどのやり取りを思い出す光君。しかし英語での会話ではなかったようで彼には理解ができない。

『駅ではぜんぜん通じなかったのに・・・ツッチー、フランス語もしゃべれるの?』

「ねぇツッチー?さっきの人たちって何語でしゃべってたの?」

「ん?フランス語だろ?」

「でもツッチーフランス語はしゃべれないって・・・」

「ああ、美女とは会話できるんだ。言葉通じなくても。」

『・・・馬鹿だ・・・果てしなく馬鹿だこの人・・・ってかほんとにバスあるのかよ・・・』

今まで土屋先生に対して抱いてきたイメージが崩れ去りそうになる光君。

だが土屋先生の言葉はもちろんウソだ。女性のうち若い方がイタリア語をしゃべれたようで、土屋先生のルーマニア語と何とか会話が成立していたのだ。しかし光君にそれを判別する術はない。さらに補足をすれば、土屋先生はバス乗り場をたずねたのではなく、パリに戻る方法を彼女らに聞いていた。

そして土屋先生に連れられて行ったバス停、自転車をバッグにしまい、しばらく待っていると確かにバスが来た。

光君の顔に安堵の色が広がる・・・が・・・

バスに乗ろうとすると、バスの運転手にチケットを出すようにジェスチャーを受ける二人。

『チケットはどこで買うのよ?』

光君の顔に不安の色が戻ってくる。

バス停の裏手がチケット売り場になっていたのだが、そのドアは硬く閉ざされたままだ。

バスが行ってしまわないかとひやひやしている光君の目に一人のワイシャツ姿の男性が。

チケット売り場の人のようだ。

バスが来るまでどっかでサボっていたのか、そういう仕事なのかはわからないが、光君の不安を増幅するのに一役買っている。

チケット売り場(実は兼待合室だった)の鍵を開けて、扉を開こうとしたこの男性だが・・・

・・・開かない・・・


めいいっぱい力を込めて押したり引いたりすること数分。

やっと扉が開いて二人はチケットを手にすることができた。

チケットはPontorsonからレンヌまでの片道で6ユーロ。

所要時間は3時間とのこと。

これでなんとかパリまでは帰れる算段がついた。

レンヌには午後6時過ぎには着く。

その時間ならまだTGVが走っている。

光君には絶望的に思えた状況も土屋先生にとってはたいしたことは無いようだ。このあたりは土屋先生の経験値がものをいっているのか、それとも純粋に能天気で図太いだけなのか・・・それは光君にはうかがい知れないところである。

やっとバスに乗り込んだ光君は、バスがすいているのをいいことに二人分の座席に一人で座る。

そして・・・疲れがピークに達した彼はすぐに寝息をたてはじめてしまった。

その寝顔を眺めながら、土屋先生はふと優しげな顔を見せる。

『ここまでお疲れさん。中学生にしては十分な働きだったと思うよ。最後の最後で大人気ないことを言っていたようだけど、将来この旅行を振り返ったときに、それが痛い思い出ではなく、『追い詰められた人間は常識では考えられないことをしていまうものなのだ』と考えられるようになれば大きな財産だろう。今のところは問題なし・・・と。』